最新のお知らせ

2024年5月26日(日)に2024年度の総会と記念講演会および研究発表会を美博講堂で行います。

2019年6月9日日曜日

【報告】研究所総会および記念講演会

2019年5月26日(日)、飯田市美術博物館講堂にて当研究所の総会および総会記念講演会、会員による研究発表が行われました。

 2019年度総会には20人が出席し、議案はすべて承認されました。
 本年度の主な事業予定はこちらをご覧ください。→年間予定

総会記念講演会
小澤俊夫 筑波大名誉教授(小澤昔ばなし研究所所長)
「柳田國男と昔話研究」

【講演要旨】
 ぼくは東北大大学院の修士論文でグリム童話の成立史を調べていた25歳のとき、『ドイツ民俗学雑誌』を読みたくて成城の柳田先生の研究所(移築前の柳田國男館)を訪ねました。夕方4時半頃、ドアを叩くと和服姿で小柄な先生ご本人(当時82歳)が出てきて、目の前が真っ白になりました。鋭い目で「何の用か」「紹介はあるのか」と聞かれ、「まあ入りたまえ」と招き入れてくれました。廊下が普通の家よりも広かったことが印象的でした。

小澤俊夫氏

 広い板の間には机が4~5台あって、男の人たちが4~5人勉強していたと思います。先生は「こっちだ」と左の方の棚を教えてくださって、自分の机に戻っていかれました。
 ぼくは目的の雑誌を写したり読んだりして、一時間ほどして帰ろうとしたした頃には先生の他に誰もいなくなっていました。先生にお礼を言うと、「君、何を調べているのか」。「グリム童話の成立史を調べております」と答えると、「そこへかけたまえ」と言われて一対一で座っちゃったんです。先生がいろいろ質問なさるので、ぼくはうれしくなって、勉強したてのことを一生懸命しゃべると、先生は「ちょっと待て」と文机から小さな手帳を持ってきて、ぼくがしゃべることをメモし始めたんです。初対面の若造が言うことなのに、知らないことは全部メモするんだ、学者ってこういうものなんだと思いました。
 別れ際、「君、グリム童話をやるなら日本の昔話もやってくれたまえ」と言われてびっくりしました。「くれたまえ」って、先生のためにやってるんじゃねえやと思ったけれど、衝撃的でした。その日はそのあと何をしたか覚えていません。ぼくが日本の昔話も研究するようになったのはそれからです。

 日本の昔話も、長いもの(本格昔話)の多くは全世界に類話があります。それらはおそらくどこかに源があり、人類の移動や交流によって広がったでしょうが、それを解明するのはとても難しい。
 柳田先生は『日本昔話名彙』(1948)で、日本の昔話を2分類し、奇跡的な誕生をした神の子が成長して英雄的行為を成し遂げる「完形昔話」と、そこから派生した「派生昔話」の二つを想定しましたが、一方では日本のものだけで研究するのは危険だと気付いていたと思います。
 柳田先生の弟子でぼくも親しくさせていただいた関敬吾先生が『日本昔話集成』(1950)を出してからは、日本でも国際的なAT(アールネ・トンプソン分類)による3分類(本格昔話、動物昔話、笑話・逸話)が定着しました。これは2015年にATU(アールネ・トンプソン・ウター分類)として改訂されています。

 戦後、日本の昔話が「好戦的だ」「文芸的価値が低い」と批判されていたことを柳田先生はとても心配していたと思います。だからぼくに期待をかけてくれたのでしょう。
 とくに松谷みよ子さんが「竜の子太郎」で大成功したせいで、「昔話はああいう立派な文学にしなければいけないんだ」という認識が広まって今でも続いています。ぼくはそれに抵抗しているんです。
 昔話は読まれてきたものではなく、耳で聞かれてきたもの。ぼくはマックス・リュティの論文「ヨーロッパの昔話―その形と本質―」に出会い、衝撃を受けてさっそく翻訳しました。この論文は柳田先生が『名彙』の序文を書いたのと同じ1947年に出されたもので、「昔話は同じ場面は同じ言葉で語る」「同じ場面を3回繰り返す」「極端かつ平面的に表現する」といった革命的な文芸論です。ぼくがフィールドワークしてきた実感とも一致するものでした。ぼくはいま、彼の理論に従って昔話をシンプルな言葉でリライトする「再話」を全国40数カ所の昔ばなし大学の皆さんと取り組んでいます。

 昔話は人間の一番基本的なところから生まれたものです。生の語りを聞くことで、子どもたちは「自分は愛されている」「信頼されている」という実感を持ちます。子どもたちの、みずから「こうありたい」と願う姿に成長する力―ドイツ哲学でいうところの「形式意志」―を、大人は信じてやるべきではないでしょうか。
 昨日と今日、再話した全国の昔話を語る会を柳田館で開いたのは、柳田先生の期待に応えるためです。まるで先生があの書斎にいるように感じました。飯田でこうした話をできることをとてもうれしく思います。(文責:今井啓)

柳田館で(5月25日)