最新のお知らせ

8月17日(土)に「折口講座」が、翌18日(日)に「死者の書」上映・解説会が開かれます。詳しくは講座・講演会のページをご覧ください。

2019年8月25日日曜日

【報告】第7回通常例会を開催

6月22日に第7回通常例会と第2回飯沼の民俗調査ミーティングを開催し、12人が参加しました。 例会では松上会員と中島会員が発表を行いました。

松上清志会員「阿智村清内路における出作り」

発表要旨 阿智村清内路で「出作り」をするための家(山の家)は、昭和初期に91戸(市川康夫『信濃』2013.11)、昭和48年に70戸(千葉徳爾『伊那』1974.1)あったとされる。さらに最近の横浜国立大建築計画研究室の調査では、かつて97戸が存在しそのうち77戸の建物を現認できたという。
 今や最後の1軒として出作りを続けている桜井藤寛さん(昭和14年生まれ)からは、煙草栽培をめぐる専売公社との駆け引きや、養蚕を盛んに行い身内に不幸があってもろくに葬式も出せないほど忙しかった頃の話をうかがった。農地のそばで暮らす出作りの意義について桜井さんが語った「歯ブラシをくわえて農作物の出来を見れるようでなければ、いいものは作れない」という言葉が心に残った。

中島正韶会員「飯沼北条の小字地名考(1)」

発表要旨 飯沼という地名は、鎌倉時代の『善光寺縁起』に「宇沼」とあることから、これが「鵜沼」→「飯沼」になったとの説がある。また、自然地形を由来とする説に立てば、イイ・イヒは段丘など小高い場所をさすと考えることもできる。
 この地域の小字についての先行研究は市村咸人編『下伊那地名調査』1958や日下部新一『上郷地名考』付録1988、今村理則『上郷町の小字と小字地図』2013などがある。
 北条地区付近の地名を具体的に見ていくと「大明神原」「権現」「ビクニ田」「院下洞(エンゲボラ)」など信仰と関わりの深い地名があり、「高松」などは善勝寺との関わりが想像される。また「二反所(ニタショ)」「漆田(ウルシダ=潤田)」など、湿地を示す地名も目立つ。
 リニア駅建設にともなって忘れ去られていく小字地名も多いとみられる。上郷史学会でも調査を行ってきたが、今回の「飯沼の民俗」調査でもさらに進めていきたい。

2019年8月1日木曜日

8月17日に折口講座を、翌18日に「『死者の書』上映・解説会」を開催します【終了しました】

2019年8月17日(土)14:30~18:00、柳田國男館で小川所長による第3回特別例会<折口講座>「『髭籠の話」を読む」が開かれます。参加費500円。日本の祭りや年中行事の仕組みを知る基本理論といえる「標山(しめやま)」「依代(よりしろ)」を説いた大正4年の論文をわかりやすく読み解きます。



2019年8月18日(日)13:30~16:50、飯田市美術博物館講堂で「『死者の書』上映・解説会」を開催します。折口信夫の原作小説を川本喜八郎監督が人形アニメーションとして映像化し、川本監督の遺作となった作品です。小川所長が「折口信夫『死者の書』の趣意」と第して講演を行います。

折口講座、死者の書上映解説会ともに、詳しくは「講座・講演会」のページをご覧ください。

2019年6月11日火曜日

【報告】飯田市上郷飯沼を探訪しました

 本年度からの「飯田市上郷飯沼の民俗調査」に向け、研究所の探訪会を兼ねて同地区の史跡などを見学する探訪会を2019年5月27日に実施しました。15名が参加しました。

 案内役は、上郷史學会長の中島正韶(まさあき)氏と、飯沼在住の郷土史家である岡田正彦氏です(ともに研究所会員)。飯沼諏訪神社を皮切りに、鶏足院、北条薬師堂、筒井捺染工場、田薗神社、リニア駅建設予定地、恒川遺跡(座光寺)、高岡古墳(同)、田中八幡宮、雲彩寺と天神塚古墳を巡りました。

御柱祭なども行われる飯沼諏訪神社
 飯沼諏訪神社では、社殿裏の土塁や空堀など、飯沼城の痕跡を見学。
かつて上郷村の役場が置かれた鶏足院

数少なくなった染物工場(筒井捺染工場)
 リニア駅建設にともなう移転対象地となっている筒井捺染工場では、貴重な型染の工程を見学。社長の筒井克政さんが娘さんとともに江戸小紋染の工程を案内し、技術や道具も含めて存続の危機にある現状を淡々と説明してくれました。参加した國學院大學の学生たちは、完成した染物の繊細な美しさに驚いた様子でした。

恒川清水(座光寺)
 昼食後は、郡衙跡であることが有力視されている恒川遺跡を見学。
高岡古墳石室(座光寺)

田中八幡宮の池
 田中八幡宮では、鎌倉権五郎景政が怪我をした目を洗ったところ傷が治り、イモリが片目になったという伝説の残る井戸を見学。
鎌倉権五郎の墓と伝わる宝篋印塔(雲彩寺)
 雲彩寺では、権五郎の墓と伝わる宝篋印塔と、馬鈴などが出土したことで有名な飯沼天神塚古墳を見学。
天神塚古墳の後円部(雲彩寺)

 探訪後は柳田館で調査ミーティングを行い、今後のスケジュールや各自の担当テーマなどを確認しました。