最新のお知らせ

2019年2月9日(土)にコトの神送り探訪会を、2月23日(土)に通常例会を開催します。

2019年1月19日土曜日

コトの神送り探訪会と2月例会のお知らせ

飯田市千代芋平のコトの神送りを訪ねる


  本年度の伊那民俗研究集会でテーマとなったコトの神送りを準備段階から見学します。
日時:2019年2月9日(土)
集合:午前8時までに美博第3駐車場へ
※美博に戻るのは同日昼前頃になる見込みです。

 参加申し込みは、実施日の1週間前までに当研究所メール(inaminken@gmail.com)へどうぞ。
 参加人数に限りがありますのでお早めにお申し込みください。
 問い合わせは今井携帯(090-1609-8460)へお願いします。

2月例会

日時:2019年2月23日(土)18:00~20:00
会 場:柳田國男館会議室
発 表:宮下英美「毛賀の伝統花火ブドウ棚」
    岡庭圭佑「遠山郷上村のメデタ」

 会員以外の方も自由にご参加いただけます。

小川所長の特別例会「鬼の話を読む」を開催しました

 小川所長による特別例会「折口信夫を読み解く」第2回が1月12日、柳田館書斎で開かれ、約30人が参加しました。
 今回のテキストは1926(大正15)年の講演筆記「鬼の話」です。
 このなかで折口は、古代日本人の神観念にはカミ、タマ、モノ、オニの4つがあるとし、オニは人々に祝福を与える来訪神と、調伏される精霊という相反する二つの性格を内在していると述べています。
 折口のいわゆる「まれびと」論は万葉集の東歌から着想され、沖縄の神事芸能や奥三河の花祭、新野の雪祭などの調査を通じて発展していきました。
 折口は「鬼の話」のなかで、日本人が海から内陸へと居住地を広げるにつれ、「常世」のありかも海の彼方から山の彼方へと変化したことで、カミとオニの境界が曖昧になったのだと説明しています。


 小川所長は、「鬼の話」にさりげなく登場する言葉を一つずつ取り上げ、折口が論拠として想定していた古典知識や芸能、民俗事象について解説。
 一方で、オニの語源は漢語の「隠(オン)」に由来するとの説も有力であることから、折口の「カミ・タマ・モノ・オニ」の4分類は現代の研究者にとって不都合であること、折口は同じテーマを生涯にわたって考え続けるため年代によって論が変化し、どれを彼の説としてとらえればいいのか分かりづらいという批判もあり、鬼についての考え方も例外でないことなどを指摘しました。

2018年12月30日日曜日

12月例会を開催しました

2018年12月22日、第3回となる通常例会を柳田國男館会議室で開催しました。

発表1 片桐みどり会員「天神様のお祭り」

 片桐みどり会員は、飯田下伊那の天神様の祭り(天神講)について、自身の体験や調査結果、先行文献などから約10件の事例を報告しました。
 天神様の祭りは子ども(主に小学生)の行事で、2月25日を祭日とするところが大半です。片桐会員は飯田市松尾、鼎、上郷、下久堅三石平、豊丘村柿垣外、阿智村下清内路などでの事例を報告しました。
 天神様の祭りでは、太鼓を叩き天神様の歌を歌いながら町内を練り歩いたり(松尾)、菅原道真の旗を持って祠に参拝したり(上郷)、集会所に集まって「塩気のご飯」を食べたり(各地)しました。
 松尾では大正時代に天神祭りの際に小屋を作って泊まり込んだほか、柿垣外では子どもたちが大人たちのまねをして宴会で盛り上がりました。一方で知久平では上級生の指導の下で勉強会を開くなど、地域や時代によって行事内容に違いがあることが報告されました。
 出席者からは、飯田市毛賀、同市上村中郷、高森町吉田の天神祭りについても情報が寄せられました。
 一部の民俗事典では天神講について、大人たちの氏神祭祀が変化したものとする説明もありますが、片桐会員の発表を聞いた参加者からは、寺子屋の影響が大きいのではないかとの感想が相次ぎました。

発表2 櫻井弘人会員「風越山の信仰とオクンチ」 

櫻井会員は、風越山に鎮座する白山社で旧暦9月の9・19・29日に行われた「九日祭(通称オクンチ)」が、1947年の飯田大火までは大勢の参詣客で賑わっていたことを取り上げました。
 風越山のオクンチでは、近郷の人々が日の出前から山頂に登拝する「朝路参り」をし、下山後は山麓で酒や五平餅を楽しんだり、銀杏を土産に購入したりする飯田独特の伝統でした。しかし白山社が出征兵士を守る神として信仰されていた反動で、戦後になると急速に廃れることになりました。
 櫻井会員は、白山社の祭神である菊理媛は死者と生者の間を取り持つ巫女神ではないかとする説があること、愛知県東栄町古戸では、花祭りに先立って地元の白山山頂(650m)で「白山祭り」が行われること、この祭りは花祭りの原型ともいわれ、死と再生を象徴的に表現する大神楽(白山行事)と関わりが深いことなどを示し、風越山のオクンチも山頂で新たな太陽を迎え「蘇り」や不老長寿を願う行事だったのではないか、と推論しました。
 また、菱田春草(飯田出身)の名画「菊慈童」や地酒「喜久水」も、その誕生の背景には風越山のオクンチのイメージが影響していた可能性もあるのではないかと述べました。